胚培養士が考える不妊治療の保険適用、その懸念と理想

妊活トピック
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こんにちは。ぶらす室長 (@goodembryobaby)です。

2022年から不妊治療の保険診療が適用される見込みとなっており、大変喜ばしい事だと思います。

期待できるメリットは以下の3点です。

・ 患者さんの経済的負担が激減
・ バラバラの不妊治療技術にガイドラインができる
・ 技術の低いクリニックや不当に儲けているクリニックが淘汰される

 

私、個人的には「不妊治療の保険診療適用に大賛成」です。

一方で、医療提供側からはあまり歓迎されない声が上がっています。私も医療提供側の1人として、業界が何を危惧しているかはある程度理解しているつもりです。

そこで今回は、不妊治療の保険適用への懸念と、「どのように適用されていくか?」について私なりの予想をお話したいと思います。

ぶらす室長
ぶらす室長

私見です!

懸念1: 混合診療の原則禁止

 

厚労省は、保険で認められている治療法と保険で認められていない治療法を組み合わせた、いわゆる「混合診療」を原則禁止している。

そのため、もし「保険診療」と「自由診療」を組み合わせた治療を行いたい場合はすべて「自由診療」として処理する。つまり、保険適用治療部分も自費となる。

不妊治療で考えてみよう。
仮に、

卵巣刺激→採卵→体外受精→体外培養→胚移植

が保険認可治療法と選定され、それ以外の治療法は認められず自由診療となったとする。

こうなると、シート法、PICSI、IMSI、紡錘体観察、assisted hatching(AHA)、エンブリオグルー、PGTなどのオプション的立ち位置にある治療法を行う場合は、採卵から全て自費で行わなければならないということになる。

そのため、どこまでの治療が保険認可治療法となるかがとなる。

懸念2: 不妊治療で使用中の培養液や機器が薬事承認されていない

 

現在、一般的に使われている培養液や使い捨てのプラスチック製品、インキュベーターなどの機器のほとんどが薬事承認されていない

国内No.1シェアのタイムラプスインキューベーターであるエンブリオスコープですら、医薬機器としての承認を受けていない。

どういうことかというと、現在は動物実験用製品扱いとなっており、たいていの製品に「not for human use(人体への使用禁止)」と書かれている。
(もちろん、普通に治療に使っている)

なぜこのような状態なのかというと、これまでは不妊治療が「自由診療」だったため、申請の必要がなく、メーカーや輸入業者が薬事承認が大変なので申請を行っていなかったからではないかと推察する。

今まではこれでよかったが、保険診療となるからにはこのままではいけないはずだ。
補足:薬事承認とは 医薬品や医療機器の製造販売を申請

今後、各メーカーや業者がどう対応するのか注視したい。

おそらく、海外の輸入製品の場合は、FDA承認などがされている製品もあるので、申請すれば承認は難しくないだろう。しかしながら、場合によっては現在使用中の製品が使用できなくなる可能性も考えられる。

懸念3: 保険診療になると「技術の質が担保できなくなる」は本当か?

 

これに関しては、医療提供側の都合が大きいがそれによって患者さんが不利益を被る可能性は考えられる。

例えば

卵巣刺激→採卵→体外受精→体外培養→胚移植

の治療が保険診療で50万円となったとする。

これまでも、50万円で上記の治療を提供していた施設にはなにも影響はない。
しかし、60〜100万円で提供していた施設は、同じようにやっていては「儲け」が減ってしまう

儲けを減らさないためにどうするかは簡単だ。
人件費や必要経費を削減するのだ。
不妊クリニックで最も経費が高いのが、人件費培養室経費だ。そして、人件費を下げるのは労働法的に難しいので、培養室経費を削減することになるだろう。

無数にある製品の中から、とにかく安い製品に変更する。今までは製品ごとに成績を比較して、より良い製品を選んでいたクリニックも「とにかく安いものを使う」という考えに至ってしまう可能性は否めない。

もちろん、患者さんには告知しない。いわゆる「ステルス値上げ」のようなものが起きるのではないかと思う。そのため「使用製品の質が下がる」可能性は考えられる。

しかし、これは医療提供側の都合だ。
安い製品を使ったとしても、技術力や成績が下がると決まったわけではないし、「儲け」を減らして今までと同じ物を使用し続けるクリニックもあるだろう。

むしろ、「不当に高額な価格設定をしているクリニック」や「経費を極限まで削減して儲けを最大化しているクリニック」を淘汰できるため、やはり患者さんにとってのメリットが大きいと考える。

点数設定が決まったら、自身が通院するクリニックのこれまでの治療費と比べて頂きたい
それによってクリニック側の「儲け」の増減がわかるのではないかと思う。

保険適用後の最悪のケース

 

以上の懸念をまとめる

・ 保険診療適用外の治療を実施したい場合は、全額自己負担となる
・ 薬事承認されていない製品を使用できなくなり、医療提供側、患者側共に選択肢が少なくなる
・ 製品などの経費削減が進行し、成績が低下する可能性

 

これらの問題は、厚労省が「どの治療法を保険診療として認め、点数設定(価格設定)を何点にするか」が非常に重要である。

最悪のケースを想定してみる。

混合診療は禁止で、保険適用される治療は

採卵→体外受精→体外培養→胚移植(胚凍結)

のみとなり、これらの総額が30万円ほどに設定されたとしよう。
患者負担額は3割負担で9万円ほどである。

この場合、ホルモン投与薬は保険に含まれず高刺激は自費
また、タイムラプス培養、AHA、PGT-Aなどのオプションを行う場合は原則全て自費
当然、保険適用後なので助成金はない

価格設定も低すぎて、ほとんどのクリニックが経費を削減。
製品を安いものに切り替え、オプションとなる治療は値上げ。

こうなるとどうなるか?

最低限の治療は安く実施できる。
しかし、それで妊娠が難しかった患者さんが何かオプションをやりたければ、助成金がない状態で全て自費となり、しかも以前より高額にもかかわらず、培養室が使用している機器や製品は以前より安く質が悪いものになっているという状態が出来上がる。

保険適用の予想と理想

 

医療提供側はおそらく以上のような事になる事を心底恐れている。

しかし、私はこのような最悪のケースにはおそらくならないのではないか?と考える。

菅総理が実態調査として話を聞いている医師達はどちらかと言えば「高級嗜好のクリニック」を運営しているからだ。
低価格な設定や、混合診療を認めない場合に最も損害を被るのはこの方々だと思うので、懸命に説得を続けて頂いているのではと考える。

以下に私の予想を列挙する。
(あくまでも予想なのでご注意を)

どのように保険適用されるか?(予想)

・ 年齢制限はありそう
・ 採卵〜胚移植(胚凍結)までが50〜60万円ほどで保険診療化
・ 混合診療は不可
・ 実態調査で多数のクリニックで実施されていたオプションは保険診療になるのでは?(AHAなど)
・ PGT-A、タイムラプス培養、エンブリオグルー、紡錘体観察などはおそらく適用外
・ PGT-SR、PGT-Mなどは適用か?
・ 成功報酬は廃止か

厚生労働省:子ども・子育て支援推進調査研究事業「不妊治療の実態に関する調査研究」(概要版)

保険適用の理想(私見)

私が考える不妊治療の保険適用の理想形は、
混合診療を認めてもらう
。または、全ての治療法(オプションのような治療も含む)に細かく適正な点数を振り分け、現行の全ての治療法を保険診療として認可してもらうのが理想的だと考える。
科学的根拠や効果がないものも含まれてしまうが、それはもはや不妊治療の特性である。
そうすれば、幅広いクリニックが、幅広い患者さんに対応できるのではないかと考える。

なんなら、ヨーロッパのいくつかの国のように回数制限を設けて100%保険診療(自己負担なし)にするのも良いのではないかと思う。

おわりに

 

不妊治療が保険適用になる事で、今治療中の患者さんが不利益を被るようなことだけはあってはならない

しっかり実態を調査し、患者さんが現状と変わらない治療を自由に選択できるようにして頂きたい。そして、患者さんの経済的負担のみが軽減されるような仕組みになってほしいと心から望む。

ぶらす室長
ぶらす室長

最後までご覧頂きありがとうございました。

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